バイオリンの弓の毛の話

今回はバイオリンの弓の毛について書いてみようと思います。
とはいっても、~産の毛がいいとか、そういう話ではなく、理想的な毛の張られ方の話です。

バイオリンの弓の毛は通常職人さんに張ってもらいます。(毛替えですね)
全く同じ毛を使ったとしても、職人さんの腕によって音が変わるんです。

ただ、個人的には「腕のいい人が毛替えをしたら音がよくなる」ではなく、「腕の悪い人が毛替えをしたら音が悪くなる」のだと思っています。

また、職人さんによっては毛替えついでに弓の反りを直してくれたり…という人もいるかも知れません。それでも音は変わると思いますが、今回はそう言ったことは除いた話です。

ちなみに、こちらで毛替えの仕方を公開しています。
興味のある方は覗いてみてください。

理想的な状態

理想的な状態は、
・毛の太さが全て均一で、
・すべての毛が同じ長さで張られていて
・すべての毛がまっすぐに張られている
だと思います。

毛の太さが均一でなかったり、毛の長さがまちまちだと、例えば弓のこっち側は張りが弱くて、こっち側は強い…といったことが起こります。毛の張り具合によって、同じボウイングでも音は変わります。
その辺のコントロールのしにくさが、音に直結する、という訳です。

また、このような状態ですべての毛を使って弾こうとすると、圧が弱いところと強いところができてしまい、弦を変な風にこすることになります。

全ての毛がまっすぐに張られていること

多分、この辺りが腕の見せ所だと思います。まっすぐ張られていない状態がどういうことかというと、

大げさに書くとこんな感じです。線はすべて弓の毛を表しています。
赤い毛が、交差する形になっています。

このような状態だと、赤い毛のせいで弓が弦の上で滑ったり、変なこすり方になって雑音が入ったりします。

全ての毛が100%まっすぐ張られている…というのは現実的ではなく腕のよい職人さんでも難しいと思いますが、この程度がどのくらいかが、腕の見せ所だと思います。

ちなみに、このあたりの判断は櫛を通せば一発でわかるのですが、腕のよい職人さんでも端の方に行けばある程度交差はします。ただ、上の図のように全体的に交差している…ということはありません。

毛替えの技術

さて、では職人さんによってどうしてこのような違いが出るのか。
バイオリン工房に入り浸り、職人さんと仲良くなって毛替えを教えてもらった経験から、毛替えの難しさと差が出るポイントをお伝えしたいと思います。

毛の選定

まず第一に毛の選定です。自分も海外のオークションサイトで安い弓の毛を購入したことがあるのですが、太い毛、細い毛がまちまちです。太い毛と細い毛の違いは、目視でも全然違う!と思うくらい変わってきます。

他、やたら縮れている毛なんてのもあります。こういったものは雑音の原因になります。

ちゃんとした工房であれば、あまりに太すぎる/細すぎる毛や、縮れているなど使い物にならない毛は除外します。そういった作業をちゃんとやるかどうかでまず変わってきます。

毛の固定

バイオリンの弓の毛は、フロッグ側、先端側共に紐で縛ります。
厳密にいうと、毛に松脂を塗り込んだうえで紐で縛り、さらに先端を松脂で固めます。

要は、毛の束から簡単に毛が抜けないようにするためです。この作業がちゃんとできていないと、最悪弾いている最中に毛がわさっと抜けて使えなくなります。(毛替えの練習中に実際に経験しました。)

そこまでいかなくても、ちょっとでも緩めば、毛の一部が長くなるわけで、やはり音に影響します。

毛の縛り方一つとっても結構難しく、きつく締めすぎれば紐が切れてしまうし、弱ければ毛が抜けてしまう…紐を切らない程度にきつく締める、といったスキルが求められます。

上の(下手な)絵を見てください。フロッグの中を書いた図です。
緑色のものは木の楔です。フロッグ側では、この2か所で固定しています。灰色のは金属の半月リングです。黄色い麺みたいなやつが弓毛です。

2か所の楔の間にも、距離的には短いですが、毛がありますよね?
実はここにたるみがあったり、毛が伸びたりして、使っている間に張りが弱くなることがあります。均一に弱くなるならいいんですが、そうではないですね。毛によって伸びやすさも違いますし、たるみであれば均一な訳もないので。
行きつけの工房では、ここのたるみや伸びに対処するために、フロッグに毛を付けた後、思いっきり引っ張る、ということをしていました。引っ張る前に鉛筆でしるしをつけて見せてもらったのですが、1mmくらい伸びます。

こういった工夫をしている/していないだけでも、その後にどんな影響があるか容易に想像がつきますね。

ちなみに、写真左側の楔を入れる際に、毛のばらつきを調整します。バイオリンの場合、上の図でいうところの奥側をよく使うので、そちら側の毛量を少し多めにするそうです。こういった意図的な調整は別として、例えば奥側ばっかり多いとか少ないとか、そういう不均一があれば、それも音に影響しますね。

先端側

毛替えは、普通フロッグ側を先に作って、その後先端側を束ね(紐で縛る)、楔で固定します。
個人的な感想では、ここが一番難しい作業です。

(下手な)図を見てください。
一番上は、先端側で毛を束ねるイメージです。これは弓を下(毛側)から見るイメージですね。平行に張りたいところを、このように束ねるのですから、長さが均一でなくなります。

真ん中の図は、弓の先端の断面図です。緑が楔ですね。
一番下の図が、弓の先端を下から見た図です。こちらも緑が楔です。黄色が毛です。毛は本当はフロッグの方に続いているのですが、書くと楔が見えなくなるので書いてません。

この図のように、弓の先端に毛を楔で固定した場合に、すべての毛が平行に、また同じ強さで張られるようにしなくてはなりません。

また、毛の束ね方を間違えたり、楔を入れる際に毛をちゃんと揃えられないと、冒頭の毛が交差した図のようになってしまうのです。

さらに言えば、楔は作り替えることもよくするのですが、この出来によっても、毛の張り具合に影響が出ます。

この辺りをきれいにやろうとすると、どれだけ難しいか感覚的に想像できるのではないでしょうか?やってみるとさらに難しさがわかります。

終わりに

いかがでしょうか。弓に毛を張る、という作業がどれだけ大変かわかっていただけたのではないでしょうか。

弓の毛替え一つとっても、職人の腕により差が出ます。工房ではなく楽器店に毛替えを依頼すると、委託先の工房で弟子が作業に当たる、という話も聞いたことがあります。(真偽は不明です)

とはいえ、職人さんも最初から一流ではなく、弟子時代を経験したことを考えれば、弟子が毛替えをする、ということも当然ありうることです。

そう考えると、できれば信頼できる工房を見つけて、そこで毛替えを行ってもらえるようにしたいですね。結局お弟子がやるにしても、職人さんの監修の度合いによっても差は出ると思います。

おまけ

ちなみに、自分で毛替えをやり始めて、見た目だけは一人前にできるようになったと思ってます。当初はそれで満足していたんですが、ある日気づいたんですよね。

自分で毛替えした弓は、音が悪い。

と。最初は毛の品質か?とも思い、工房で使っている毛を分けてもらって毛替えしたのですが、やっぱり変わりませんでした。

なら間違いなく腕が原因だろう、ということで必死に考え、試行錯誤した結果がこの記事です。

実はあまり知られていない毛替えの中身ですが、参考になれば幸いです。